2017.08.14

医療機器と信頼性基準

 みなさまこんにちは。薬事・品質保証部の野添です。
 医療機器の開発の過程では、非臨床を含め何らかの試験を行い、データを取ることが欠かせません。この時、意外と疎かにしてしまいがちなのがData Integrityに関する部分です。そこで、今回はData Integrityの重要性について、医療機器の信頼性基準を中心にブログを書きたいと思います。

 みなさまはSTAP細胞問題を覚えていらっしゃるでしょうか?2014年、著名な学術雑誌であるNatureにSTAP細胞に関する論文が掲載され、当初は「生物学の常識を覆す大発見」としてマスコミにも大きく取り上げられました。また、若い女性研究者が発見者の一人であったことも話題となりました。しかしながら、後にこの論文のデータに不審な点が多く見つかり、最終的に論文は撤回されることになってしまいます*1。その後、理研による調査が実施され、その報告書*1では1名の研究者に対して不正行為があったと認定しています。また、「ここで認定された研究不正はまさに氷山の一角に過ぎない」とし、論文の図表の元になるオリジナルデータがほとんど存在していないこと、論文の図表の取り違えなどの過失が非常に多いこと、そしてこれらの事実を共同研究者や論文の共著者が見落としたことに厳しく言及しています。科学分野におけてintegrityはとても大切であることを私自身も深く考えさせられました。

 では、普段私達がお世話になっている医薬品や医療機器について考えてみます。医療製品を世に送り出すまでには、多くの試験が実施され、その試験などから得られたデータを踏まえて様々な専門家が製品の品質・有効性・安全性をチェックしています。もちろん、得られたデータは製品に効果があることを示すものを含んでいなければなりませんが、一方では副作用や不具合などの潜在的なリスクを示すデータも含まれています。これらの有効性や安全性のデータを踏まえ、総合的にリスクベネフィットを勘案し、世に出す意義があると判断された製品のみが私達に届けられているのです。

 ここで、もしもこれらのデータが改ざんされたものだったら、どうでしょうか。もちろん、そのような信頼性が損なわれたデータに基いて、製品の有効性や安全性について議論することはできません。悪意を持って手が加えられた例は分かりやすいですが、以下のような場合についてはどうでしょうか。
・取り敢えず試験を実施してみたら良い結果が出たので、それを試験報告書にした。でも、試験計画書(プロトコル)は作成していなかったので、back dateで作成した。
・20検体について試験を実施したが、結果が悪かった5検体については触れず、思い通りの結果が出た15検体のみで報告書を作成した。
・試験のデータは自分のPCに保管しているエクセルファイルに打ち込んだので、試験機器に残った生データ(オリジナルデータ)はすべて破棄した。
・実験ノートに試験の結果を記載したが、peer reviewを受けていない。
・試験方法のバリデーションが取れておらず、実施する人や場所などの条件によって毎回結果が異なるが、今回は良いデータが出た。
・校正されていない機器を使用して試験を実施した。
・試験に使用した検体、機器、及び試験手順の情報を記録していなかった。

 もちろん、これらも信頼性を損ねる行為となります。また、このような行為によって作成されたデータを根拠として、製品の有効性・安全性を論ずべきではないことは明白です。特に医薬品や医療機器は、命に関わるもの。有効性・安全性に関するデータ・情報も、製品を構成する重要なパーツのひとつです。

 適切に収集・作成されたデータで承認審査を行うため、薬機法においてもData Integrityに関する要求事項が定められています。これらは通称「信頼性基準」などと呼ばれており、一般的には以下の4つを指しています。医薬品や医療機器の承認申請に添付する資料は、この信頼性基準に従って収集・作成されたものでなければなりません。

①GLP (Good Laboratory Practice, 安全性に関する非臨床試験の実施の基準)
②GCP (Good Clinical Practice, 臨床試験の実施の基準)
③GPSP (Good Post-marketing Study Practice, 製造販売後の調査及び試験の実施に関する基準)。
④申請資料の信頼性の基準

 なお、大変残念なことですが、これらの信頼性基準が作られたのは、ねつ造といったData Integrityに関する過去の不正事件に端を発しています。そして近年の例では、某製薬会社が主導した臨床研究において不正が見つかったことがきっかけとなり、本年4月14日に臨床研究法が公布されるに至っています*3。

 ほとんどの研究者・開発者は日々新しい技術を生み出そうと誠実に努力されているのだと思いますが、一部の方々の行為によっては、規制を厳しくする方向に舵を取らざるを得ない状況になります。これにより不正を防ぐための壁は確かに高くなりますが、一方で試験コストの増加による新製品の開発見送りや開発の長期化は、その医薬品や医療機器を待ち望んでいる患者さんの不利益にも繋がりかねません。

 GLP、GCP、GPSPの詳細に関しては、このブログでは割愛させていただくことにして、以下では「申請資料の信頼性の基準」に関してご紹介します。当該基準では、以下の3点が示されています。

①正確性
根拠資料(生データ)に基づき、正確に申請資料が作成されていること。
②完全性・網羅性
不都合なデータを含めて、すべてのデータが申請資料に記載されていること。
③保存
承認の可否の判断まで、根拠資料(生データ)が保存されていること。

 医療機器の承認審査の際には、併せて信頼性基準への適合性書面調査(いわゆる信頼性調査)が実施されます。「申請資料の信頼性の基準」自体は、3つのシンプルな基準なのですが、意外にもこの信頼性調査で問題点を指摘される場合も少なくありません。それが原因で承認が下りるのが遅れ、最悪の場合には試験をやり直すために申請を一旦取り下げるという場合もありえます。最初から信頼性を確保した試験を実施できるよう、細心の注意を払いたいところです。なお、医薬品医療機器総合機構のホームページにて「医療機器 適合性書面調査(非臨床試験)の円滑な実施のための留意事項*4」が公開されていますので、試験を実施する前には、是非一度目を通しておくことを推奨いたします。

 また、その他、個人的に参考にしていることとして、ISO17025*5を挙げておきたいと思います。ISO17025は試験施設や校正機関が正確な試験・校正を実施するための要件に関する規格です。このため、試験を委託する場合には、可能であればISO17025の認証を受けた試験施設を選定することが望ましいと思います。なお、ISO17025の認証を受けた施設であっても、委託する試験の内容については認証範囲外のこともあります。委託する試験がISO17025認証範囲内であるかどうかも、しっかりチェックしなければなりません。

 JOMDsの職員は皆、自分達は医療に関わっているのだという気持ちをしっかりと持ち、医療機器等医療製品の開発に対してintegrityをとても大切にしています。最後になりましたが、冒頭にも述べたSTAP細胞問題に関する理研の調査報告書の結語として述べられている文章を以下に引用して、本ブログのまとめとさせていただきたく思います。

「理研だけでなく全ての研究者は、STAP 問題を自分の研究室にも起こり得る問題と考え、今までよりいっそう思慮深い教育と研究室運営を行うべきだろう。
 不正防止が大きな流れになるためには、「捏造、改ざん、盗用」を重大な違反と考えるのは当然だが、それだけでなく「研究における責任ある行動」ないし「研究における公正さ」という観点から、より広い視野で研究者倫理を考え、教育を行う必要がある。そこで基礎となるのは、論文のインパクトファクターでも、獲得研究費の額でも、ノーベル賞の獲得数でもなく、自然の謎を解き明かす喜びと社会に対する貢献である。
 STAP 問題は科学者コミュニティに突き刺さった1本の矢である。それを抜いた後も、傷跡を癒し健康を取り戻すために、科学者コミュニティ全体の対応と努力が求められている。」

*1: http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG02024_S4A700C1MM8000/
*2: http://www3.riken.jp/stap/j/c13document5.pdf
*3: http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000163417.html
*4: https://www.pmda.go.jp/files/000216184.docx
*5: https://www.iso.org/standard/39883.html