2020.05.03

アビガンはどうして日本で承認されないのか

 皆さんこんにちは代表の内田です。今日はゴールデンウイークの只中でいいお天気です。本当なら行楽地に出かけて思いっきり休日を楽しみたいですね。あいにく新型コロナウィルス、COVID-19の影響で、外出は自粛ですからそれは叶いませんが。。。

 さて、COVID-19にはインフルエンザのような承認された治療薬がまだありません。これが問題を深刻にし、私たちを不安にする大きな要因になっています。治療薬があればもっと状況は改善しそうです。最近は治療薬候補として、アビガンなど色々な名前を聞きます。

●アビガンとはどんな薬か
 そもそもアビガンとはどんな薬でしょうか。国から承認されている内容を確認するために添付文書を見てみます¹。
 ▶効能又は効果:「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(ただし、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分なものに限る。)」
 つまり、アビガンはインフルエンザの治療薬です。すなわち、同じウイルスでもコロナウイルスの治療薬としては承認されていません。そして効能・効果の使用上の注意としてこの薬は、「当該インフルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合にのみ、患者への投与が検討される医薬品である。」とされており、とても特別な薬なのです。このように特別な薬となった背景には開発の過程で実施した「動物による安全性試験で胎児に奇形が生じる可能性が認められたため」²であり、他に有効なインフルエンザ治療薬がある中でアビガンを日常臨床で使用するのは危険があると判断されたからです。それにもかかわらず、このように特別な状況では使用が許される形で承認となった理由は「タミフルなど既存薬は、ウイルスを細胞内に閉じ込めて増殖を防ぐ。対してアビガンは、感染した細胞内で、ウイルスの遺伝子複製を阻害して増殖を防ぐ。」²からであり、メカニズムがユニークだったからです。

●なぜアビガンに多くの注目が集まるのか
 アビガンのメカニズムはインフルエンザウイルスが増殖するのを阻害するからだと考えられていますが、COVID-19の増殖も似ているために、アビガンがCOVID-19の増殖を抑える可能性があるからです³。

●アビガンはCOVID-19に効くのか
 いくつかの研究報告がなされていますが、いまだにCOVID-19 の治療薬としては有効性と安全性が確立されていないというのが現状です。

●薬の効果を判定する方法とは
 COVID-19 感染症の場合、そもそも症状が出ない人もいれば、症状があって軽症で薬を飲まなくても治ってしまう人もいます。そういう疾患に対して薬を飲んだら効果があったというためには本来薬を飲んだ場合と飲まなかった場合とで比較するしか判定ができません。しかし、同じ人で飲む前と飲んだ後で考えた時に、飲んだ後で症状が改善したとしてもそれが薬の効果なのか自然に治ったのかは比べられません。ですから、飲んだ人と飲まない人で比較するしか方法はありません。この時に、重症な人だけに薬を投与して、そうでない人には薬を投与しないのであれば、結果が歪んでしまいます。正しく評価するためには治療薬を使用する群とプラセボ薬を使用する群についてランダムに分けて比較することが最適といわれています。このような試験をランダム化比較試験(randomized controlled trial, RCT)といい、さらに患者も医療従事者もどの人が治療薬かプラセボ薬を飲んだかがわからない状態で試験を行う方法を二重盲検(double blind)といい、より好ましいとされています。

●プラセボと比較してどれくらい効果があれば有効だといえるのか
 実は明確な科学的な基準はありません。プラセボよりもほんのちょっとでも効果があれば有効だと言ってよいかについては難しいところです。COVID-19 の患者さん20人に対して治療薬は10人中8人が改善し、プラセボ薬は10人中7人が改善したとします。改善率なら80 % vs 70 % です。比率を取ると治療薬は1.14倍効果があることになりますが、皆さんはどう思われますか。では、治療薬が10人中3人、プラセボ薬は10人中2人の場合、治療薬は1.5倍効果がありますがどうでしょう。さらに、治療薬が10人中4人、プラセボ薬は10人中2人の場合、治療薬の効果は2倍の効果があったことになりますが、どうでしょうか。
 これではキリがありませんので、科学の世界では統計学を使います。いわゆる有意差があるかないかです。統計学にあまり詳しくない人でも、直感的に20人の研究より2000人の研究の方が結果に信頼が持てることは理解できると思います。直感は当たっていて、同じ改善率(80%対70%)でも20人の試験よりも2000人の試験の方がその結果は確からしいといえます。10人や20人では1人の差でパーセンテージは大きく変わりますし。
 本来ならCOVID-19の患者全員(症状がない人に飲ませても仕方ないですし、重症者と軽症者では効果に差があるかもしれないので、対象をある程度絞ることが前提ですが、この全員とは適切に決めた対象者全員)に投与して出てきた数字を比較すればそもそも統計学は必要ありません。数字で勝った負けたで判断できます。しかし、世界中の対象者全員で試験することは不可能なので、一部の患者に投与することになります。その一部の選ばれた患者で得られた結果から全世界で実施した結果を推測するわけです。治療群の結果もプラセボの結果も推測結果です。そして推測した結果どうしを比較して治療群の方が有効であるかどうかを決めるわけです。比較の結果、治療群の数字がプラセボ群を上回っていたとして、その結果がたまたま起こった確率を計算し、それが5%未満なら、その比較結果は正しいと決めます。これでやっと治療薬がプラセボより効果があるといえます。ここに出てくる5%という基準が統計学的有意差の0.05に他なりません。ちなみに5%とは私たちが便宜的に決めているだけで、P値は0.1でもいいかもしれないし、0.01でなくてはダメだと考える人がいてもおかしくはありません。また理論上、同時に投与した患者の数(研究参加者)が増えれば増えるほど、同じ治療効果(例えば、1.14倍の改善率)でも有意差が出やすいため、些細な改善率(例えば、1.000001 倍の改善率)でも理論上、限りなく投与患者数を増やせばどこかで有意差になります。これが統計のマジックともいわれる所以です。
 ですから、医学界では単純に有効性についてプラセボとの差に有意差があっても、実際にどれくらい医療上のインパクトがあるかという点がとても大事なのです。さらに、有効でも副作用が強いのではれば、効果と天秤にかけて判断することになります。その判断にも明確な科学的な基準はありません。病気や患者の特性を加味してケースバイケース判断することになります。

●米国で最初のCOVID-19に対する治療薬がFDAから許可された
 さて、米国では2020年5月1日、レムデシビルという薬がCOVID-19 の治療薬としてFDAから緊急使用許可を得ました⁴。
 レムデシビルがどのような薬か、そして、どのような治療成績がこれまで公表されているかについては、「早期承認見込み 新型コロナ治療薬レムデシビルの有効性は?」(忽那賢志、Yahoo!ニュース、2020年5月2日、https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200502-00176470/ )にとてもよくまとまっていますので、参考にされるとよいと思います。
 皆さんはこれをご覧になって、レムデシビルがCOVID-19 にはとても有効だと思われますでしょうか。私の個人的な意見ですが、この薬は少なくとも特効薬ではないように思います。米国のデータからは確かに一定の治療効果が認められました。回復までの日数(中央値)をレムデシビル群とプラセボ群と比較して有意に差がありました。プラセボ15日間に対して11日間です。そして死亡率についてもプラセボ11.6%に対して8.0%と、治療群で低値でした。ただし、こちらについては有意な差ではありませんでした(p=0.059)。
 この結果について、人工呼吸器をつけるような重症患者さんが対象だとしたら回復の日数で4日間の差があるというのは大きいと考えている方もいらっしゃいます。
 治療効果の考え方として、何人治療すれば一人の患者が助かるのかという指標があります。今回の米国NIHの研究では、死亡率がプラセボ11.6%に対して8.0%ですので計算してみると28人に投与すれば1人が助かるという結果でした。個人的にはもっと効果があって欲しかったという印象です。とはいえ、この結果で規制当局が使用許可を出すのは妥当といえるでしょう。勿論、他の試験結果を考慮すれば話は別になる可能性はあります。この時にFDAの考え方として、他国のデータは信頼に足らないために考慮しないという立場も取りえます。今回の米国NIHの研究だけで考えれば、インフルエンザの治療薬として有名なタミフルの添付文書を見ると、タミフルの海外の治験(承認取得のために行う法規制に準拠した治療試験のこと)では、症状が消えるまでの時間(中央値)において、タミフル群が78.2時間なの対してプラセボ群は112.5時間(両群およそ300例、p<0.0001)であり、差は一日半でした。安全性に特段の問題がなければこの米国NIH研究の結果はこれと遜色はないと考えていいと思います。

●日本でもレムデシビルがまもなく特例承認される?そして、アビガンは承認されないのか?
 緊急時の治療薬承認については、国の制度の差というのも大きいと考えます。米国ではEmergency Use Authorization(EUA)⁵という制度があり、FDAが一定のデータで医療現場での使用に許可を出すことができます。他方、日本には医薬品の緊急使用許可制度はありません(と理解していますが、間違えていたらどなたかご教示ください。後述の特例承認制度とも別の制度としてです)。日本で厚生労働省が緊急だからという理由で普通とは異なるプロセスでアビガンを承認したら、何かあったときに誰かが責任をとらないといけないわけです。この点、日本は国や、時には行政官個人が責任を取らされる可能性がありますので、慎重にならざるを得ないかと思います。それでは、日本できちんと治験を実施し、その先に進むしかないということになります。しかし、実際に治験を実施して、通常の承認審査のプロセスを経ると、おそらく時間がかかりすぎて現実的ではないでしょう。このため、医療機関が倫理委員会からの承認を取得し、医師の裁量で実施する観察研究の中で使用する形での投与はある意味現実的といえます。実際、アビガンの使用を希望する医療機関はこの方法で使えます。というガイダンスが厚生労働省から出されています⁶。
 しかし、治験ではない観察研究の方法では厚労省の承認にはつながらないという制度になっています。他方、レムデシビルのFDA緊急使用許可を受けて、日本でも近く特例承認可能性が高いと報道されています。では、この日本の医薬品特例承認とは何でしょうか。
 特例承認とは、「医薬品医療機器等法」の第14条の3第1項に定められている仕組みで、次の(1)(2)とともに満たす場合、通常の審査プロセス(医薬品医療機器総合機構での審査)とは別に承認ができる仕組みです⁷。
  (1) 国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病のまん延その他の健康被害の拡大を防止するため緊急に使用されることが必要な医薬品であり、かつ、当該医薬品の使用以外に適当な方法がないこと。
  (2) その用途に関し、外国(医薬品の品質、有効性及び安全性を確保する上で本邦と同等の水準にあると認められる医薬品の製造販売の承認の制度又はこれに相当する制度を有している国として政令で定めるものに限る。)において、販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列することが認められている医薬品であること。
 ここで(2)に注目しましょう。外国での販売が認められていないとだめなのです。つまり、アビガンを日本で(厚労省の特例承認付きで)早期に使えるようにするためには、レムデシビルのように米国FDAのEUAを取得後に日本で特例承認を取るという方法が早いのではないかと考えています。最初のレムデシビルが許可を得たとはいえ、今の段階ではまた対照薬はプラセボが妥当だろうと思います。そして、RCTでないと米国でもEUAを得るのは難しいのではないかと考えています。

●まとめと所感
 COVID-19 の治療薬として国産(富士フイルム子会社の富士フイルム富山化学株式会社)で、既に大量備蓄しているアビガンが国内で承認されないのかという声がネット上で散見されます。メカニズム的には効果がありそうな薬ですが、これまでCOVID-19 の治療薬としての効果は明らかにはされていません。そこに米国ではレムデシビルが緊急使用許可を得ました。これを受けて日本でもレムデシビルが特例承認されそうです。特例承認された薬と未承認の薬では特例承認された薬の方が用いられそうです。ただし、このような世界的な緊急時には海外の薬が日本に十分に輸入できないかもしれないというリスクもあります。これはもはや国家の安全保障上の問題と言えます。アビガンの国内承認のためには欧米でのRCTが速やかに実施されFDAの緊急使用許可等を得ることが早道ではないかと考えています。
 実際のCOVID-19感染症に対する治療については、ここでは詳細には触れませんが、ウイルスの増殖を防ぐというレムデシビルやアビガンのメカニズムを考えた時に既に重症化している患者さんよりも、軽症の段階で使用する方がメリットが高いかもしれないと考えています。これは、COVID-19に感染して重症化するメカニズムは感染⇒サイトカインストーム⇒肺のARDSや微小血栓による症状という面が考えられるようになったからです。サイトカインストームからの重症化のプロセスに対しては、ウイルスの増殖そのものを抑えるのとは別の体の反応に対する治療が必要かもしれないからです。勿論重症例に併用という方法は考えられます。
 レムデシビルやアビガンがCOVID-19の特効薬であり、感染してもこれらの薬があれば安心だとは決して言いきれないと考えます。レムデシビルが国内で特例承認を得ても、慢心せず、COVID-19 による感染者数や死亡者数の増加や医療の崩壊を防ぐためにやるべきことをやることが大切だと思います。当然、経済的な面も考慮にいれて、この先の私たちの取るべき行動は変わっていくとは考えていますが。
 一刻も早くCOVID-19問題が終息し、平穏な生活が戻ることを心から願っています。どうか皆さんも大事になさってください。


参考文献・引用元(URLは2020年5月3日時点)
1.独立行政法人医薬品医療機器総合機構、アビガン錠200mg添付文書
https://www.info.pmda.go.jp/go/pack/625004XF1022_2_02/
2.ダイヤモンド・オンライン、「条件付き承認で普及に足かせ 富山化学インフル薬の“無念”」、2014年2月25日
https://diamond.jp/articles/-/49229?page=2
3.Structure of the RNA-dependent RNA polymerase from COVID-19 virus. Yan Gao , et al. Science 10 Apr 2020:eabb7498
4.FDA、“Remdesivir-EUA-Letter-Of-Authorization”、May 1, 2020
https://www.fda.gov/media/137564/download
5.FDA、“Emergency Use Authorization/ Emergency Use Authorization (EUA) information, and list of all current EUAs”
https://www.fda.gov/emergency-preparedness-and-response/mcm-legal-regulatory-and-policy-framework/emergency-use-authorization
6.厚生労働省、「コロナウイルス感染症に対するアビガン(一般名:ファビピラビル)に係る観察研究の概要及び同研究に使用するための医薬品の提供について」、2020年4月27日
https://www.mhlw.go.jp/content/000625757.pdf
7.医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335AC0000000145#D