2018.08.03

眼底の診断部位としてのポテンシャル

 皆さまこんにちは。JOMDDで事業開発を担当しております久保です。現在弊社では、眼科で用いるOCT(光干渉断層計)装置を開発する(株)アドバンスドレーザーテクノロジー社(ALT社)を脳・視神経領域における重要ポートフォリオとして位置づけ、事業化を推進しております。ALT社は、アルツハイマー病型認知症やパーキンソン病等の中枢神経疾患を診断ターゲットとして装置を開発していますが、“そもそも眼とこれら中枢神経疾患に何の関係があるのか?”と思われる方も多いのではないでしょうか。そこで今回は、ヒトの眼が秘める診断部位としての重要性・ポテンシャルについてご紹介出来ればと思います。

■眼と脳の関係性
 眼と脳は、その発生にまで遡ると非常に密接な関係にあります。視覚系は、眼球、視神経、視中枢(視床、中脳、大脳後頭葉 )および眼球付属器(眼瞼、結膜、涙器、外眼筋)等多様な組織から構成され、各組織の由来胚葉との関係は以下の様になります。
表1:眼球組織、視神経、眼球付属器の発生学的由来

 このうち、網膜・視神経・水晶体由来となる外胚葉は脳や脊椎を含む神経系にも分化する他、脈絡膜や強膜の由来となる神経堤は脳神経節の神経細胞にも分化する事で知られており、我々の眼球・視覚系の大部分が脳・中枢神経系と同一の由来を持つことがお分かりになるかと思います。

■眼から診断可能な疾患
 眼組織は、前述の通り非常に多数の組織から成り、以下の様な複雑な構造をしています。

図1:眼球の立体構造

 眼に関連する疾患は多数ありますが、これらの構造の中で眼科における重要診断部位とされるのは、①最も体表に近い前面側に位置する角膜と②脳を含む中枢神経系と直接接続する眼底部の2つです。角膜からはドライアイ・角膜炎・ヘルペス・円錐角膜等、眼底部からは網膜剥離・糖尿病性網膜症・加齢性黄斑変性症・緑内障・黄斑浮腫等、非常に多数の眼部疾患が診断可能であり、眼科においてもOCT(光干渉断層計)や眼底カメラ、角膜各種計測装置による確立された診断法が日常的に実施されています。一方で、先述した通り眼組織と脳・中枢神経系は非常に密接な関係にあり、近年の研究により各種神経性疾患においても眼底組織に病変が発現することが明らかにされてきました。

図2:神経変性疾患・眼部/眼底所見の関係

 研究では、脳卒中(Stroke)・多発性硬化症(Multiple Sclerosis)・アルツハイマー型認知症(Alzheimer disease)・パーキンソン病(Parkinson disease)の4つの神経性疾患について、眼底部特定細胞層の菲薄化や視神経の変性・特定タンパクの蓄積・視覚障害等の眼底所見と神経症状との相関が現状報告されています。これらを眼部より診断する手法・装置は未だ確立されていませんが、上記眼底所見の多くが神経性疾患の症状発現前から見られること、そして神経性疾患の早期診断・確定診断手法は不在であることから、神経性疾患の診断においても眼部は非常に高い注目を集めています。

■眼底の診断部位としての優位性
 眼底部の診断は、検眼鏡や眼底カメラ、OCT装置によって実施されますが、近年では眼底部の網膜表面だけでなく、より深層まで含めて撮影・観察が可能なOCT装置による検査が主流となっています。OCT装置を用いた眼底診断は、数多ある診断手法に比して、非常に多数の利点を有しています。
侵襲性:採血・生検含む特定組織採取・放射線照射等の手法と異なり、光によるスキャンを実施するだけで人体内部の所見を観察することが可能、かつ投射光の人体への安全性も立証されているため、非常に侵襲性が低い診断手法と言えます。
 簡便性:特定試薬や前処置は一切不要であり、検査時間も数分程度、その場で診断結果が分かるため、診断を行う医師・診断を受ける患者さん双方にとって非常に簡便な検査となります。
コスト:OCT装置自体は凡そ500万円~2,000万円程度で市販されており、眼科における医療機器としては些か高額ではありますが、消耗品も存在せず、MRIやCTといったイメージング装置に比べると非常に廉価な診断手法として導入可能です。事実、病院・クリニック含む国内眼科施設の50%以上は既にOCT装置を導入していると言われています。
早期性:緑内障や加齢性黄斑変性症等の眼底疾患、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症等の神経性疾患はいずれも自覚症状に乏しく、患者さん自身が異常を自覚した際には既に失明や認知症発現等のリスクが相応に高い状態であることが知られています。一方で、眼底に発現する所見は眼底疾患・神経性疾患共に症状発現前から見られることが明らかになっている為、OCT装置による眼底検査はその早期性という意味でも優位な検査です。
 前述の通り、多発性硬化症やアルツハイマー型認知症、パーキンソン病は未だ早期診断/確定診断可能な手法が不在であり、現状はMRIやPET(positron emission tomography (陽電子放出断層撮影) の略で、放射能を含む薬剤を用いる、核医学検査の一種。侵襲もそれなりにある)・SPECT(single photon emission computed tomography(単一光子放射断層撮影)の略で、PETと同様の薬を体内に投与して臓器の状態を画像化する検査)等のイメージングによってその疾患の疑いのある患者 さんを特定するに留まっています。OCT装置等によりこれらを眼底から診断することが可能になれば、予防行為を通じた患者さんのQOL向上や医療費の抑制、社会全体の活性化に繋がる革新的な診断手法が誕生することとなり、非常に大きな期待を集めています。

■眼底診断の課題
 上述した通り非常に高いポテンシャルを有するOCT装置による眼底診断ですが、一方で質の高い早期診断を実現する上で課題を有することも事実です。
 分解能の不足:既存市販品の分解能は数μmであり、OCTの開発当初に比べると非常に微細な構造も捕捉可能なレベルまで進歩しています。この進歩により、血管の異常増殖や眼底特定構造部位の歪みは捉えられるものの、眼底には厚さ1~2μmしかない特定細胞層もある為、当該細胞層や細胞層中の所見を捉えることは困難なものとなっています。
 物性識別の不能:OCTは、特定波長帯のレーザーを照射し得られた干渉シグナルを解析することで画像を構築する原理ですが、これは反射による形態認識には適しているものの、類似した形態で物性が異なる組織(血管の動脈/静脈、蓄積する異常タンパク質等)の識別は事実上不可能です。
 上記課題が解消されれば、OCT装置が現状利用されている緑内障や加齢性黄斑変性症等の眼底疾患の診断精度向上、将来活用が期待されている多発性硬化症やアルツハイマー型認知症、パーキンソン病等の神経性疾患の早期診断が可能となる為、さらなる技術革新が待ち望まれている状況です。
 弊社投資先のALT社も、OCT装置を活用した診断精度の向上や診断対象疾患の拡大を目指して機器開発に取り組んでおり、保有する革新的光源技術の利用により、既存市販品を上回る分解能・異なる物性を有する組織の描画を得ており、革新的診断手法を世に出すべく弊社としても厚く支援をしております。

■末文
 本稿においては眼部の脳・中枢神経の関係性や診断部位としての有用性・現状の課題について簡易ですがご紹介致しました。今回取り上げた疾患の早期診断は、診断所見と症状発生に時間的ラグがある為、確定診断が診断時点では非常に困難である事が課題として挙げられます。その意味では、診断後の陽性患者や疑いのある患者への予防行為の徹底は勿論、診断においても単一マーカーではなく、マルチマーカーに基づく診断精度の担保が今後より一層重要になってくるというのが筆者の考えです。今回取り上げた眼底診断も、将来更なる技術革新が成され、既存の診断手法との併用により患者さんのQOL向上に資することを切に願っています。

【参考文献】
1. 遠山正彌、他「人体発生学」(南山堂、2003年、19 感覚器 2. 視覚器)
2. 株式会社イナミhttp://inami.co.jp/inamaga/detail/?contents_type=461&id=1576 (最終アクセス日2018年7月27日)
3. The retina as a window to the brain—from eye research to CNS disorders (Nature Reviews Neurology, volume9, 2013, p44–53)