2023.12.13

出資先のP・マインド社(熊本県熊本市)が新たな研究成果を発表しました

 皆さんこんにちは。サナメディ代表の内田です。本日は弊社の主要ポートフォリオである熊本のスタートアップ企業であるP・マインド社に関する最新情報をお届けいたします。
 P・マインド社は神経因性疼痛治療機器であるait®を開発し、既に医療機器承認ならびに保険償還も得て、販売をしています。この度同社はait®の作用機序を動物実験にて解明した非臨床試験の結果をCellular and Molecular Neurobiology (2022時点でのFive year impact factor 4.3)誌に発表いたしました※1
 ait®は独自のアルゴリズムで2つの異なる周波数からなる交番磁界※2を生体に照射し、神経を刺激することで疼痛を緩和する医療機器です※3。ait®の資金調達をお手伝いする際、そんなに弱い磁界を生体に作用させるだけでなぜ疼痛を緩和するのかと投資家の皆さんから質問を受け、当時までに積み上げていた基礎研究の結果などから丁寧に説明をしたつもりでしたが、結局ご納得いただけずに出資を断念する投資家の方々もいらっしゃいました。そもそも疼痛のメカニズムはここまで医学が進歩している現在でも完全には解明されていません。当然、ait® の作用機序についても正しく説明し、理解してもらうのは決して容易なことではありませんでした。
 この度発表された研究は、神経障害モデルラットを用いてait®の作用機序解明に迫るもので、これまで同社が考えてきたメカニズムを裏打ちする結果が得られました。私自身が学術的にもとても興味深いと感じる結果でしたので、この論文の概要を簡単に皆さんにご説明したいと思います。

アブストラクトの要約
 2 kHz および 83.3 MHzの二種類の周波数を用いて交番磁場を照射する装置ait®(AT-04)によるニューロモジュレーションは、これまでの臨床研究にて線維筋痛症および腰痛に高い効果があることが示されている。
 この研究の目的は、神経因性疼痛の動物モデルとして坐骨神経部分結紮(PSL)ラットを用いてait®の鎮痛メカニズムを解明することである。PSL モデルラットは痛覚過敏を有するが、これらのラットにait®による交番磁界照射を行い、その痛み改善効果は、von Frey法を用いた機械的異痛症※4検査によって検証した。その結果、PSLモデルラットにおける痛覚過敏の有意な改善が実証された。
 また、研究者らはセロトニンおよびノルアドレナリン受容体拮抗薬による拮抗作用を利用し、疼痛の下行性抑制系の関与も調べた。これらの拮抗薬は、PSLモデルラットの痛みに対するait®の鎮痛効果を約50%減少させた※5
 研究者らはさらに、PSLモデルラットの脊髄液中のセロトニンとノルアドレナリンの量を、微量透析法を用いて測定した。ait®で交番磁界を照射すると二つのモノアミンは、有意に増加した。
 さらに、研究者らはオピオイドの拮抗薬であるナロキソンを使用して、ait®の鎮痛効果におけるオピオイド系の関与を評価した。結果として、ait®の交番磁界照射による鎮痛効果がナロキソンにより約60%減弱した。これは、ait®の鎮痛効果に内因性オピオイドが関与していることを示している。
 結論として、PSLモデルラットにおけるait®の鎮痛効果には、下行性疼痛抑制系の関与とオピオイド系鎮痛機序の両方を含む内因性疼痛調節システムが機能していることがわかった。

論文の概要
I 本体


図1 ait®の写真

 ait®は本体と4つのパッドからなり、本体には単3電池4本を入れて使う。本体には磁界照射を制御する装置が含まれている。医療機器としてはパッドを治療部位に当てて磁界を照射する。大きさはパッドの縦幅厚さがそれぞれ64mm、42mm、15mm※3

II PSLモデルラットにおける疼痛改善効果
 PSLモデルラットは坐骨神経を部分的に結紮するが、今回、シャム手術として結紮はせず坐骨神経を露出させる手術だけ行った群も用いた。それぞれの手術後、5日間安静にした後、今度はait®を照射する群とait®のシャム機器をあてがう群と何もしない群も作った。このため、合計6つの群で治療効果を確認した。治療効果の確認は、メッシュの上に置いたラット後肢の足底を下からフィラメントでつつく時に何グラムの重さまでは逃げないかという指標(PWT)を使った。図2に結果を示す。縦軸は痛みの感受性をPWT(g)として表している。横軸は経過日数で術後5日から7日間を照射期間とし、照射期間中は間を6時間空けて、1日2回、1回30分ずつ照射を行った。G1はシャム手術を行い照射なし群、G2はシャム手術+シャム機器照射群、G3はシャム手術+ait®照射群、G4はPSLモデル+照射なし群、G5はPSLモデル+シャム機器照射群、G6はPSLモデル+ait®照射群である。


図2  PSLモデルラットにおける疼痛改善効果
G1シャム手術+照射なし群、G2シャム手術+シャム機器照射群、G3 シャム手術+ait®照射群、G4 PSLモデル+照射なし群、G5 PSLモデル+シャム機器照射群、G6 PSLモデル+ait®照射群

 結果を見ると、PSL群はシャム手術よりも3日目から痛みに敏感になっていることがわかる。そして、5日目から11日までの照射を行うとPSL群の3つのうちait®を当てたG6群だけはG4およびG5群に比較して痛みを感じる閾値が上がっており、除痛効果が見られた。この差は統計学的に有意であった。

III 疼痛改善効果に対するノルアドレナリンおよびセロトニン受容体拮抗薬の影響
 ait®のノルアドレナリンおよびセロトニンに対する効果を検証するためにこれらの受容体に対する拮抗薬を投与した実験を行った。ノルアドレナリン受容体拮抗薬としてはヨヒンビン(交感神経α2受容体遮断薬)をセロトニン受容体拮抗薬としてWAY100635(セロトニン1A受容体選択的拮抗薬)を、毎回の磁界照射前にラットの腹腔内に投与した。G1からG6までの群構成は、それぞれ、G1:シャム手術+溶媒 + シャム機器照射群、G2: PSLモデル+ 溶媒+ シャム機器照射群、 G3: PSLモデル+溶媒 + ait®照射群、G4: PSLモデル+WAY100635 (3 mg/kg)+ ait®照射群、G5: PSLモデル+ ヨヒンビン (3 mg/kg)+ait®照射群、G6: PSLモデル+ WAY100635 (3 mg/kg) +ヨヒンビン (3 mg/kg) +ait®照射群であった。


図3 疼痛改善効果に対するノルアドレナリンおよびセロトニン受容体拮抗薬の影響
PWT:痛み感受性。グラム数が高いほど、痛みに強いことを示す。
a: 全体像、b: セロトニン受容体拮抗薬の影響を拡大して表示、 c: α2アドレナリン受容体拮抗薬の影響を拡大して表示。
それぞれの群については本文中に記載。

 結果として、図3aはG1(シャム手術)を除くPSLモデルが圧倒的に痛みに敏感になっていることを確認した。さらに、PSLモデル内でのセロトニンあるいはノルアドレナリン受容体拮抗薬とait®の照射の関係については、図3bでセロトニンに関する効果を図3cではノルアドレナリンに関する効果を示した。図3bでは、ait®を照射し薬剤を投与されていない群が最も疼痛改善効果があり、セロトニン拮抗薬投与群、セロトニンとノルアドレナリン受容体拮抗薬の両方を投与された群がそれに続いていた。ait®の照射がない群は疼痛改善が見られなかった。この結果は、セロトニン受容体拮抗薬を投与したことでait®の除痛効果が減弱しており、すなわちait®の効果にはセロトニンが関与していることを示している。同様に、図3cではノルアドレナリン受容体拮抗薬を投与するとait®の除痛効果が減弱しており、すなわち、ait®の作用機序にはノルアドレナリンが関与していることを示している。

IV ait®の照射と脊髄液中のセロトニンおよびノルアドレナリンの濃度変化
 次にPSLモデルラットに対して、ait®を照射した群とシャム機器をあてがった群で照射前後の脊髄液中セロトニンおよびノルアドレナリンの濃度を測定した。


図4  ait®の照射と脊髄液中のセロトニンおよびノルアドレナリンの濃度変化
照射直前のタイムポイント(0分時)のセロトニンおよびノルアドレナリンの濃度を100%とした時の上昇率を示す。それぞれの群については本文中に記載。a. セロトニン、b. ノルアドレナリン。

 照射は、脊髄液中セロトニンおよびノルアドレナリンの濃度を測定するためのマイクロダイアリシス実験中に30分の磁界照射を行う単回照射群「single」と、PSL手術回復後に5日間の磁界照射(30分間/回、2回/日)を行った後、マイクロダイアリシス実験中に30分間の磁界照射を行う反復照射群「repeat」に分けて実施した。回収した脊髄液をHPCL(高速液体クロマトグラフィー )にてそれぞれセロトニン(図4a)及びノルアドレナリン(図4b)の濃度を測定し、経時的変化を観察した。
 結果は、図4のとおり、脊髄液中セロトニン(図4a)およびノルアドレナリン(図4b)の濃度が照射開始後速やかに高値となり、照射終了後30分(タイムポイントは60分)の持続が見てとれた。統計学的にはセロトニンについては単回照射および反復照射群のそれぞれが照射後30分でシャム照射と比較して有意に高値となった。ノルアドレナリンについては反復照射群の照射中のみがシャム照射と比較して有意に高値だったが、単回照射でも高値の傾向が見られた。

V 疼痛改善効果に対するオピオイド受容体拮抗薬の影響
 最後にait®の作用機序として内因性オピオイドが作用しているかどうかを調べるために、オピオイド受容体拮抗薬であるナロキソンを投与した実験を行った。
 PSLラットモデルにおいてナロキソンはait®とシャム照射の10分前に4mg/kgを生理食塩水に溶解して腹腔内投与した。照射は術後5日目から3日間、1日2回、1回の照射は30分とした。
 結果を図5に示す。


図5 疼痛改善効果に対するオピオイド受容体拮抗薬の影響
G1:シャム手術+溶媒+シャム機器照射群、G2:PSLモデル+溶媒+シャム機器照射群、G3:PSLモデル+溶媒+ait®照射群、G4:PSLモデル+ナロキソン+ait®照射群
縦軸はpaw withdrawal threshold(PWT)、数値が高いほど痛みに強く、低いほど敏感であることを示す。

 結果として、ait®照射群にてナロキソンを投与すると8日目の疼痛耐性が有意に減弱していた。すなわち、ait®の照射によって内因性オピオイドが作用していることを示した。

以上

おわりに
 今回の研究はとても興味深い結果だと感じました。筆者らはこれまでの研究結果と今回の研究結果からait®の除痛には内因性疼痛調節システムが活性化されると推察しています。内因性疼痛調節システムなんて、聞き慣れない言葉ですね。私たちの身体には様々な神経調整システムが備わっており、とても複雑に機能しています。まだそれらの全てが解明されたわけではありません。例えば、私たちはどこかに身体をぶつけるとさすったり、ふーふーと息を吹きかけたりします。これで痛みが取れるような気がしますよね。子供がどこかに身体をぶつけると、昔から、さすってあげて「痛いの痛いの飛んでいけ~」と言いますね。あれにも科学的なメカニズムがあるのではないかと言われています。この論文の考察ではait®が刺激する神経線維の種類やそれによってもたらされる痛みのコントロール機構についても述べられています。また、今回の研究ではβエンドルフィンなど内因性オピオイド系物質の関与も示唆されました。ait®の照射でセロトニンやノルアドレナリンが分泌されるというのもとても面白いですね。なぜなら、ait®の磁力はとても弱く、地球の磁力の1/3程度しかないのです。そんな弱い磁力で一体どんな効果があるのか。そう思う人もいるでしょう。他方、人間は常に重力にさらされていますが、普段から重力がきつすぎてしんどいと訴える人はいません。それなのに、1kgの砂糖袋を頭に乗せられたら、重いなと感じますね。そのように重力や磁力も差分が効果を発揮することもあるのではないかと個人的には考えています。ait®の良い点はこの弱い磁力を使っていることで副作用がほとんどないことです。ait®のメカニズムの解明や、臨床研究がさらに進み、結果的にait®がさらに普及して痛みに苦しむ人々が少しでも救われることを心から願っています。
 今回、サナメディが支援する主要スタートアップであるP・マインド社により同社が開発している医療機器に関して素晴らしい学術的成果が発表されました。本当に嬉しく、そして頼もしいと感じた出来事でした。

脚注および参考
※1:https://doi.org/10.1007/s10571-023-01430-9
※2:交番磁界とは時間と共に大きさと方向が変化を繰り返す磁界のこと
※3:ait®の添付文書はこちらから https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/kikiDetail/ResultDataSetPDF/650949_30400BZX00015000_A_01_03
※4:異痛症とは通常では痛みとして認識しない程度の接触や軽微な圧迫,寒冷などの非侵害性刺激が,痛みとして認識されてしまう感覚異常のこと
※5:AIT®の鎮痛のメカニズムにセロトニンやノルアドレナリン受容体が関与していることを示唆している